第十八話  Flying “Chariot” doctrine

 軍の礼服を着込んだ俺とめかし込んだ双子のエレーナは

件のオペラハウスに来ていた

俺こんな場所は来慣れてないので緊張しているが

逆に軍関係者ばかりで来るまで緊張していたエレーナは

来慣れている場所のせいかオペラハウスに来た途端落ち着いている

そのくせ少し緊張している俺に偉そうに館内の説明までする始末だ


「トロイ!!これこれ知ってる!?」


そう俺の袖を引っ張り階段を指差して


「トロイ知らないだろうから教えてあげるこれが階段って言うんだよ!」


馬鹿にしてるんだな、こいつ…そう思って少し機嫌が悪くなろうものなら

二人がかりでなだめてくる、それも暴力的にだ

なのでこんな公の場所では絶対俺は機嫌を損なえない


「ふーん、そりゃ凄い」


乾いた反応をする、玄関ホールでそんな馬鹿なやり取りをしていると

今回の主賓とも言うべきお歴々の方々が続々とやってくる

正直俺はこの連中からは印象が悪い、それはこの体の方に原因があって

全部が全部俺の所為ではないんだが、正直暇があったからといって

好き勝手やってたのも事実で、その事が表面化したあたりから

余計に風当たりがきつくなったのも確かだ

なのでここはさっさと退散しておくそう決断したら

すぐさま双子の手を引っ張り二階へとあがっていく

間一髪だった、あと少しあの場でエレーナと馬鹿なことやってたら

何言われてた事か…


二階に上がると見知った男がいた、何とアーネストである

しかも基地では散々茶化していた俺と同じ礼服を着ていた


「…」


つい言葉がつまってしまう、そりゃそうだ何でこんな前線指揮官丸出しの

軍曹になる為にだけに生まれてきたような男がこんな所にいるんだ


「黙るなよ…笑えよ…」


向こうも気まずそうにこっちの出方を伺ってくる…やり辛い


「貴方はトロイのお知り合いですの?」


そんな気まずい沈黙に助け舟を出してくれたのはサブリナの方だった


「ん?あ、ああそうだよ、あー…君は双子の…」


「サブリナ・ルドヴィングです、こっちは妹のゾフィーです」


エレーナはそうサブリナして挨拶し、ゾフィーを紹介する


「でもさ、なんでおじさん私達のことまで知ってるの?どっかであった?」

「ゾフィー!すみません…」


片方にぶしつけな質問をさせもう片方がそれを制す…エレーナの常套手段だな

聞きづらいことはこのような方法で聞き出してくる

ましてや子どもだ油断してぽろっと口を滑らすもんだ

俺もこれには結構煮え湯を飲まされたっけな


「いや、直接の面識はないが、うちの隊長がな双子には気をつけろって」


隊長?


「隊長さんが?その隊長さんとはどなたですの?」


「ジークリットっていう“女の隊長”だよ」


ジークリット!お前!!


「…聞いたことありませんわ、そんな“女の方”」


そう静かに答えると気持ちの悪い物を見るときのような目で双子が俺を見る

その目は明らかに俺の性倒錯を疑ってる目だ


「あ…いや…それは…爺さんの…」


とっさに嘘をついてしまった…ごめん爺さん

その嘘に感づいて一応普通の目に戻るがその時何故か

アーネストは『やっぱりな』って顔をしていた

何がやっぱりなんだ?


「あーごめんなさい、うっかりです知ってますわジークロットさん」


ジークリットだよなに言ってんだサブリナにまで嫌な性格が出てるぞ


「でもなんで、軍曹がここに?」


話を戻そう、軍曹が来てる理由が知りたい


「いや実は招待されたわけじゃなく、隊長の命令でな」


ジークリット…今度は何をやらかしたんだアイツ


「隊長は毎日少尉に手紙を書いているんだが返事が来ないって怒っててな

 訓練の時はしっかりするんだが、訓練後に例の30mm砲でを一人で

 バンバン撃ち出すんだよ?」


…なんだって?


「なんだって?」


「びっくりするだろ、あの華奢な体にそんな力があるんだって思うんだけど

 最初は誰かに装填させてたりしてたんだが、今や一人で全部こなせる様に」


…そこも驚いたが、手紙?


「手紙ってなんだ?」


その言葉にあーやっぱりかって顔をして


「やっぱ届いてないか…いやな、話をそこに戻すと毎日書いてるのに

 返事が来ないから、鬱憤晴らしに作戦用の備蓄を使い込んでるって言うんで

 少々兵站管理の人間と喧嘩になったりしてな…」


何やってんだあいつ


「でもあれだ、隊長あれだろ」


アレ?一応女設定とかだし…


「やたら頭が切れるんだよ、その上怒ってない時は部下の面倒見も良いし

 見た目に反して超優秀なんだよ、曰く父がこういうのが好きだったとか言ってさ

 普段は兵站も気にしてるんだが、怒るとなぁ、物凄い目で睨みつけてきて

 “歪んでる”奴は一発でアウトなんだ…これが、俺は歪んでないから

 大丈夫なんだけど、大半のはなぁ手遅れでな」


流石軍人家系だなぁ…歪みってなんだ?


「そんな優秀な人間だからいざ訓練してみたら結構最初反発とかの想定は

 杞憂だったわけだが、そんな隊長にも欠点があってな…」


「欠点?」


「どういうわけか、お前に会いたがっててな…手紙を書いてみても

 一切返事が来ないとかで先に言った様に女みたいにヒステリー起こしてな…

 俺達も困ってるんだよまさか一番の杞憂が歪み関連だったとは

 この俺も見破れ無かったよ、俺は歪んでないしな」


そう言って困った顔をするアーネスト、そして双子の方を見ると

物凄い冷ややかな目で見てる、あーこれは犯人ですって顔だ

俺知ってる、以前一回見た顔だわ…また歪みか…歪みってなんだ?


「それで、今回の説明会?にあの爺さんも出るからお付に一人

 ついて来る事になったんだが、無論隊長は出ることは出来んので」


「それでお前が来て…俺に手紙を?」


なんとなく察し答えを先に言ってみる


「そうそう、それでその場で読んでもらって返事を聞いて来いって…」


そう言いながら懐から手紙を出す

俺はそれを受け取り読む、この際公の場出なければ

双子はブロックにかかっただろうが、ここは公の場だ

しかもギュンターの大舞台、邪魔できるはずも無い

手紙だが馬鹿なことでも書いてるのか…と思ったが…


「軍曹手紙は読んだ、返事をこれから言うが一字一句間違えることなく伝えてくれ」


この言葉にアーネストはさっとメモ帳とペンを用意する


「お…応!一思いにやってくれ!!」


なんだその言い回しは…まぁいいか


「作戦当日結果で示せ、以上!」


「え?短い…」


「これで通じるから、決して間違えるなよ」


「解ったが…これでいいのか?なんて書いてあった?」


「悪いが極秘文章って奴らしいので中身は誰にも言えんのだ」


そういうと納得は出来ないって顔をしたが、それ以上は聞き出せないし

その時間もないという事もありアーネストは引き下がっていった…


「「トロイ、あの男が女ってどういうこと!?」」


一難さっていまた一難か…


「簡単に纏めると、あいつが男だって言うのがだんだん面倒くさくなっただけだ」


きっぱり言い切った、俺には何もやましい所はないしなそれよりも…


「お前、手紙隠してただろ?」


ジークリットの手紙に関して言及してみる


「「別に大したこと書いてなかったわよ…」」


中身読んで隠してたか…意外にというかなんというか


「陰険だなぁ、お前」


「「トロイが全部悪いの!誰でも彼でも連れ込んで!!」」


オーッとこれは不味いな…こっちが折れなきゃだめかな


「分かったよ、これから気をつけるから機嫌を直して…な?」


少しむくれた顔をしていたが、直ぐ元に戻る


「「わかった、私も大人だもん許してあげる」」


そう言って自身を大人と称しこの場は矛を収めてくれた全く…


そうしてる内に時間が過ぎ館内に開幕のベルが鳴る

…全くただの説明の為の場だぞ、なんでこんなことになったんだか…



場内の二階席に入る、二階といっていたが意外と高く3~4mは有りそうで

会場は広くそして音が良く響くように設計されてる

普段であれば歌劇歌手がたつであろう場所にはあの男が立つという

考えただけにこんがらかる、何考えてんだアイツ…

そして俺は悩みながらも、指定されたように舞台中央のまん前の席に座る

それを見た双子は俺を挟む様に座る

まぁもう気にならなくなったなこのフォーメーションも…


そして19:00になり舞台中央にスポットライトが当たる

そこにめかし込んだ伊達男のアルフレッド・ギュンターが現れる


「初めまして、私が今回この場で後行われる作戦に関して

 説明をさせて頂く、アルフレッド・ギュンターです宜しくお願いします」


先ずは挨拶から、といっても下の連中としては上級将校とはいっても

上からの命令で尚且つその場にいるスタンバックの顔を立てて来てる様なもんだ

いい雰囲気にはなるはずもないか、その上軍の会議室で済みそうなことに

こんな場所を抑えてやるあたり、俺の意見としては逆効果だと思うが…

実際何考えてんだか…そう思いつつ双子はどう思っているのか顔を覗くと

真っ直ぐギュンターの方を見ている…

そうだなこの場は信じて見守るしかないか


「お歴々の皆様、今回は私のような若輩者の作戦に耳を貸して頂き有難うございます

 作戦の概要に関しては事前にお配りしました資料の通りです」


「まさかこんなこと本気でするつもりか?」


「馬鹿げてる…所詮は何も解ってない貴族の妄言だな」


「軍事は君のような男には手に負えんのだぞ!!」


資料…か、確かにここに入る時に貰いはしたが、実際作戦内容を知ってないと

意味不明だぞ特に脈絡も無く入ってるこのチラシとか…


「はい、その通りです私は軍事には疎く貴方方の足元にも及ばないでしょう

 そんな私が“何故”このような暴挙に出たかは追々お話しますですので

 それまで、お時間を私に下さい」


多少卑屈とも取れる言葉に、会場の将校達を少し黙らせることが出来た

さっさと喋らしてこの茶番を終わらせたいのだろう


「今回私が貴方方にお力をお貸ししたかったのは、自身の功名心もありますが

 それ以上にここブリニストは私の故郷でもあるからだと知ってほしいからです

 そしてここはここにいる誰にとっても故郷です

 私は兵士でもないですし、体を病んでいて兵士にはなれません

 私の友人は今も兵士として故郷の為に尽力していると言うのに…」


…故郷…か確かに本来の目的防衛戦の筈だ、なのに気がつけば

敵地に侵攻してしているっていう馬鹿なことになっている

にしても、あいつ体を壊していたのか…全然気がつかなかった


「だから私は…だからこそ私は!!この作戦を計画し

 その軍才を持ちながら軍から身を引いた、スタンバック“少将”から

 助力を得て、今ここにこのような舞台に立てるチャンスを頂きました」


スタンバックの名前をしっかり入れてきたな、眉唾物の作戦計画で

唯一信じられるものがあるとすればこのスタンバックって爺さんの名前だ


「手短にいきましょう、作戦内容資料に書いたように

 私が駆使する“魔術”を使って列車を飛ばし

 少将指揮の下、兵員を敵地まで輸送し一気に叩き

 それと同時に我々の兵士達を回収し前線から後退させ

 この戦いを一気に収束させようと言うのです」


いきなりぶっ込んできたな、だがチョイ言葉が走り過ぎてる

そんな説明だと反感を買うぞ


「言うのは簡単だがどうやって飛ばすつもりなんだ?」


「今現在技術力で劣っていて、我々は飛行機すらろくに飛ばせてないんだぞ」


「現実を見給え!!現実を!!」


「空論にしても破綻しているではないか!」


現物を知らなければこうなるわな、当たり前の反応だ

だがギュンターらしくないな、奴ならもっと穏健に説明すると思ってたが…


「破綻!確かに通常でしたらそのお言葉は甘んじてお受けしましょう

 この作戦…概要だけ聞けば荒唐無稽とお思いでしょう…

 ですが過去の戦争を調べればわかることでしょうが

 戦争において“奇を衒う”行為は狂気と背中合わせでした

 古代の戦争では軍船が山を登り敵の意表を突いたりもしました

 そして今、私…いや我々は飛びそうにない物を飛ばして意表をつくのです!」


ギュンターは尚も強気に語っている


「ありえない物がありえないところから出てくるという

 その作戦の有用性は歴史によって実証されています

 私の魔術とスタンバック氏の戦術この二つを合わせたこれを

 私はこれをフライングチャリオットドクトリンと呼称したいと思います」


…あの夜に名づけたあれか…最初はタンクのつもりだったが

タンクだと現代戦車だけの呼称っぽいと言って

ギュンターが古代戦馬車から取ったんだったな、まぁ最初別名にしようと

必死にあれこれ代案を出してた俺がその全てを拒否して

この名を折衷案にしたんだっけか、懐かしいな


「…だが実際我々は列車かそれに近いものが空を飛んでる所を見た事がないぞ!」


「もし我々が知らない技術だとしても何件の実例があるんだね?」


「確証になり得るものは、この資料には入ってないぞ!!」


「資料作りも出来んのか!」


「教義の意味も知らずに使ってるあたり、底が見えますな」


ごめん、ギュンター俺が無理言ってこの名前で通しちゃって…


「名称に関しては後で紹介する私の友人が考えたものです」


あいつ!サラッとそんなことだけばらしやがった!


「…資料の中に一枚、“遊園地”のチラシがあると思われます

 名前はアナダブワ遊園地、私と魔術部のもので出資したもので

 そのチラシを観ていただいて解るように 

 この遊園地の目玉はローラーコースターです

 その人気は開園以来乗車しようとしてその列が途絶えることはありません

 先ほど、この計画に対し検証や実例をあげろと申された方がいましたが

 この遊園地の遊具のほとんどに私の“魔術”が使われております

 特に今回の作戦の為このローラーコースターには 

 ほぼ“作戦と同じ仕様”で設計しました、そして…」


その後、ギュンターの口から各界の著名人、有名人、軍人その家族と言った

豪華な顔ぶれの名があげられていく、更にはこの場にいる将校の名も上がってきた


「そしてこの場にいる方、ましてや首都で政務されている政治家やその子息までもが

 このコースターに乗車し誰も不安の声をあげ手はいません

 開園してもう二ヶ月は過ぎようとしていますがまだ誰も…」


先に述べた名前と心当たりがる将校たちは少々どよめいたが

今はその何も言い返してこないそれもその筈だ

ローラーコースター…これには大きな仕掛けがあってそれは

一日ごとにコースが変わるという非常識なものと

通常必要な骨組みがほとんど無くし、正しく空を飛んでる感じにするというものだ

この案を話した時のギュンターは正気か?って顔をしていたが

先のギュンターの言葉通り奇を衒うには狂気と背中合わせだ

通常の手順では今以上に時間がかかっただろう

実験の場所や人員などしかも失敗を願ってる人間もいるだろうから

結果以外軍には出せないと判断した俺の考えだったが

独断と先行下手すると軍法会議にかかりそうだったがなんとかなったな

後はこの舞台を済ませてパーティで俺を紹介するとか言ってたな

納得とは言いがたいが、結果は証明できた…と思う

そう後のことを考えていた、ここにいる誰もが作戦に関しての

素人の言い分は聞いたと思っていた…だが


「最後に今おられる皆様にも見て頂きたい、この計画の真の発起人と証拠を」

 

そうポツリと、あげられた名前や自身がコースターに乗った事実に絶句し

誰もが言葉を失った水を打ったような静けさ中、ポツリとギュンターは

今ままでの自信があるような口ぶりからは考えられないほどの弱弱しい声で

喋り始めた


「私は先も述べたようにただの落ちこぼれでした…」


その語り口は今までの熱い語り口から一転して弱弱しく二階席だと

今ぐらい静かにならなければ聞こえない程だ


「そんな私に、この様な舞台に立つチャンスをくれたのはスタンバック少将です」

 

スタンバックの名をあげた後、ギュンターは真っ直ぐ二階席…

いや俺の方をしっかりと見てくる  


「ですが、それよりも前に…自身の体と“事故によって奪われた半身”の喪失の中

 半分死んでいた…いや既に死んでいたかもしれない私に命をくれた男がいます」


その言葉の終わりにギュンターは舞台から跳びあがったそして空中に立ったのだ

ギュンターのその行動に会場にいた皆が驚く、

俺は魔術をこんな公の場で使ったことに対して

エレーナはギュンターの言った半身という言葉に対して

各将校は空を飛んだギュンターに対して

皆の同様を無視するように声の調子はドンドン上がっていく

そしてその調子と同じく空中に立ったギュンターは

魔術で“階段”を作り真っ直ぐ俺の方へ上ってくる


「その男はこの計画を私に臆さず話してくれました、無計画すぎるこの計画を

 死んだ心の私は最初馬鹿なことを考える男だ、そう思っていました

 ですが、その男の眼には私が無くしてしまった輝きを持っていたのです」


声の調子は魔術の階段を上るにつれて力強くなっていく


「そんな…なんだこれは!」


「トリックだ!何か仕掛けがあるんだ!!」


そんな声に我を取り戻した将校たちは口々その現象に難癖に近いものをつけてくる


「その通り!!!」


ギュンターはその言葉達を一括りに肯定する


「魔術は人が編み出した物で、術と付く以上魔も戦も人の作った仕掛けなのです!

 皆様も私が作った階段に、私の仕掛けた魔術に乗って見てください」


その言葉にいの一番に反応したのはスタンバックでその言葉を聞くなり

舞台の袖へ向い階段のギュンターがいた所から同じように上って来る

どうも舞台から二階席まで真っ直ぐ階段が伸びてるようだ

スタンバックだがあの大道芸以来気になってた

見えない壁にまた触れるチャンスが巡って嬉しいのか見たこのないぐらい上機嫌だ


「あの夜私は生き返った、その馬鹿な男の“命の炎”が私を死者でいることを

 許さなかったのだ、何があろうと生きることを!望みを掴み取るという力を

 この私にくれたのだ君は!!」


口上の矛先が皆にも解ってくる、そうなるとスタンバックに続いて好奇心に

負けた将校たちがギュンターの後追いながら上がってきてそこで俺とも目が合う


「トロイ!我々の…いや君の“計画”はここまで来たぞ!」


一瞬ギュンターから目を離したすきに飛び出した言葉

そして俺だけに向けられていた言葉は今まで一番大きい声量故か

ついて来た将校達の耳にも入り、緊張が俺のなかに走った

ギュンターには全て話している…つまり“そういうことなのだ”

俺自身はこの作戦はあくまで現状を打破する程度のもだと高を括っていたが

奴の目はそれを許さなかった奴の目は言っている『一緒に来い!』と

そう悟った時、左右から小さな手が俺の背中を前に押し出す

…エレーナ…

俺はその手に押し出されるように席から立ち上がり、ギュンターの前に立つ

そして彼が差し出した手を掴む


「随分なサプライズ好きだなギュンター卿、何から何まで全く…」


「フフッ喜んでくれたようで何よりだ…友よ」


その後殆どの将校が二階席へとやって来た、その不思議な高揚感は

自然と腫れもだった俺に対する評価の見直しににも繋がっていった

戦果をあげる前から褒められても後が怖いだけなんだがな…


ギュンターの“公演”は一応の成功を収める形となった

だがそれは失敗した場合、スタンバックとギュンターと俺が

それ相応の代償支払うという条件付でだ…

それでも一歩確実に進んだ、その確信はあった







公演から数時間後、俺は一人夜の街を歩いていた

連れてきた双子はというと、少し泣きはらしてたのがわかったので

ギュンターに押し付けてきた、ギュンターも舞台での顔はどこかに行き

あたふたしていたな…まぁ俺自信一人になりたいというのもあったし

いい機会だろう、正直あの二…人か、言うほど縁は切れてるとも思えんしな


にしても夜風が気持ちいな、思いのほか高揚した会場だったせいか

体が火照ってしまったな、この熱気に当てられて何人かは納得して行ってたが…

あのオペラハウスでの出来事を思い出しながら当ても無く歩いていた


夜道を歩いているとふと目の前に見知った者の顔が見える

ヴィルマ・クレマンだ、思わぬ所で“ヴィルマ”と出くわしてしまったもんだ


「随分と遅い帰りなんだな…もう夜中だぞ」


俺の方から声をかけるが、少し怪訝な顔をされてしまう…


「もしかして…少尉さん迷子?」


その言葉で呆けた頭がシャキッとした、どこだここ?

どうやら家路に向って帰ってると思い込んでいたが

全く違う道を歩んでたらしい

しかもどうやらヴィルマの部屋の近くまできてそうで

窓を開けた時に俺に似た姿の男が見えたんで降りてきたらしい

どうりでヴィルマの服装が部屋着っぽいわけだ


「あ…いや…その…そのようだな…すまないがどこだここ?」


めっちゃ恥ずかしい、オペラハウスとの温度差が酷いな

あれだけ熱量あるやり取りしてたのに、今は迷子扱いか

これは恥ずかしくて他人には言えないな

俺のこのマヌケな返答にも、笑顔を崩さず答えてくれる

どうやら俺の官舎とは逆方向の所に来てたみたいだ

今来た道を戻れば、いつもの喫茶店に着くそうなので

言われたとおり行くことにする

その事にちゃんとヴィルマに礼を言っておかなくてわな


「道を教えてくれてありがとう、お休み…“ヴィルマ”」


その何気ない言葉にヴィルマは物凄く動揺した顔をする

何かへんな事言ったかな?


「少尉さん…今…名前で呼ばなかった?」


あぁそうだったな、そういう言葉遊びもしていたな…失念していた


「いや…これからは少尉のままって訳にはいかなさそうなんでね…」


ただそれだけさ、という言葉は口には出せなかった

何故かな…言いたくなかったんだろう


「本当にそれだけ?」


そう返された後、俺は何も言えなかった

ただこの夜以来、我々は『少尉さん』と『クレマン』から

『トロイ』と『ヴィルマ』と呼び合うようになった









そして時計の針は進み、作戦決行前夜…

ブリニストからアルプトラオムの森に続く平原付近

16両もある列車が4編成並んでいた


あと数時間で夜明けを迎えようとしてたころ

ギュンターがやっとその場に到着する

何でも着替えに戸惑っていたという、その格好はというと


「ギュンターさんよ、なんで運転手の格好なんかしてるんだ?」


列車なんかでよく見る車掌の格好をしている

聞けば列車を運転するんだからそれなりの格好をとの事だ…バカダネェ


「君こそ、マサカリはどうしたんだ?よくマサカリを云々とか言ってたくせに」


面倒くさい、こいつ物の例えとかという言葉が通じないタイプなのか


「…今時『鉞』で戦争するかよ…」


物凄く冷たく冷静に突っ込んでやる

ギュンターはそのリアクションをみてスっと話題を変える


「スタンバック氏から作戦の内容を聞いたが“アレ”が例のプレゼントか?」


ギュンターが指差した先には16両編成の車両が2編成あった

全部で4編成ある内の2編成が兵員輸送用でもう2編成がプレゼントだ


「最初聞いたときは我が耳を疑ったが本当に出来るもんだなぁと思ったもんだが」


そう言いながら、兵員輸送以外のものを見てる

だがこのアイデアのおかげで更に作戦がやりやすくなるだろう


「さて…」


そう話題を切り替える言葉を吐きながら時計を見る、時間だ

その後すぐに号令が飛ぶ、兵士たちはその作戦に疑問は抱かないんだろうか

中には以前あったバイガルのような若い兵士までいる

だがどこかに、これじゃないなと一抹の不安も覚える所がある

何か間違えてるような…


「何しけた顔してるんだいトロイ、最初から上手くいくことなんて

 何一つ無いと思うよ私は、だから今はこの作戦に集中していこうか」


そういうと車掌のギュンターに励まされる

確かに上手くいかなと言えば、こっちに来て以来上手くいかない事だらけだったな

先ず記憶がない、こんな中年犯罪者の体で蘇るわ、片足を無くすわ

変な女に絡まれ、変な爺さんに絡まれ、変な双子に絡まれ、変な貴族に絡まれ


「私は変じゃないぞ!」


考えながらギュンターの顔を見た瞬間、俺の思考が読めたのか

いきなり訂正の言葉を叫びだす…魔術師って人の心が読めるのか?

そうだ…読めるといえばビアへロ…奴も元気にしてるのかなぁ

まぁアイツはきっと息災だろうな…


「誰もそんなこと思ってないよ」


一応宥めておこう、コイツも結構変なところで拗れるからな


「それよりも、皆が乗車したぞ“マジシャン”」


敢えてマジシャン呼びをした


「そうだな、では“皆”を驚かせに行くとするか」


そういうと運転席に行く俺も今回は運転席に行く

作戦の動員数は大隊規模でその大隊は俺の麾下でという事になるが

現場の指揮に関しては小隊規模で各々細かに統制すればいい

だがそれは『大目的の達成の範囲内でだ』と通達しておいた

第一に俺にそこまでの兵員を指揮する能力が無いのと

第二に今の俺は形はどうあれ外から見れば貴族の腰ぎんちゃくだからな

面従腹背でこっちの考えてたこと事以外の事をされるより

彼らの指揮能力を信じて行動させてやった方がこっちとしても助かるしな


そうして日付も変わった未明頃

兵士と各種装備を搭載した16両編成の列車が4編成発進する

この列車自体も既に線路が無い所に止められており

移送方法も線路のある鉄道網からここまで魔術で線路を延ばしてきたのだ

その光景は自然なものに見えていたがクルムタン前進基地からきた兵士達には

不思議な光景に見えてただろう何せ線路も引いてない所に

これだけの大量の車両が来ているのだから

一応どのような作戦かは一兵士にまで通達されている

その内容は大体の兵士は信じてないだろう、先ずは列車で空を飛んで…

なんてのを作戦説明で言い出したら皆、発言者の脳を心配するだろうな

だが上には逆らえないのが軍隊ここは実際に飛ばして納得させるほか無い

だからこその“皆”なんだ、あのギュンターの言葉は敵もそうだが

味方もそうだ、これはこの世にいる者全てに対する宣戦布告だ


そんな仰々しいことを考えていると列車が動き出す

その起動は通常の列車と同じでて誰も何も思わないだが

徐々にその“通常”から外れていく

列車は普通景色が横に流れて行く物だがその景色がどんどんと

下っていくのだ

兵員を乗せた客車ではその異常な事態に作戦開始前に厳重に注意さた

『作戦開始前までの窓の開閉の禁止』という命令を無視して

窓を開け始める、しかもその行為を注意すべき分隊長やその上の小隊長までもだ

それだけ奇異な現象なのだ、兵士の殆どが飛行機も飛行船も乗ったことが無いだろう

そんな中のこの経験は流石に動揺せざるを得ないのは理解出来るので

一応平静を保っている中隊長達に注意を即すよう連絡を入れる、大隊長命令として


「どうだい、皆驚いてるだろう」


ギュンターやその部下の魔術師達は列車がある程度の高度を保ったあたりで

傾斜を徐々に無くして行き水平を保つ

その空飛ぶ列車の並走は中々さまになっていて上手く距離が取れている


「あぁ中隊長あたりが何とか平静なフリをしてるが内心は大慌てだろうな」


そう談笑しながら列車を運行しているとふと気になることがでた今更ながら


「そういえば、ギュンター、お前偉く自信を持って運転してるが

 空と陸では勝手は違うが大丈夫か?」


今更の疑問をぶつけてみてしまった、この作戦まで人員の選別から

地上との連携の関しての作戦会議等の戦術面の事にかかりっきりで

ギュンターの方に目が行ってなかった事もあったが

ギュンターもギュンターで装備やらなんやらで忙しかったはずだ


「あぁ、ばっちりだ、四つの目がしっかりとこの光景も地上の様子も

 私に教えてくれたからね」


四つの目?俺も知らない魔術の一種か?そういぶかしんでいると

ギュンターは一枚の紙を見せてくれた…その紙には

今と同じ風景が描かれていたのだった


「これは…」


その絵のタッチには見覚えがある…


「エレーナか…」


つい双子の名前ではなく元の名で呼んでしまう

だがその事にはギュンターはあまり触れはしない


「彼女達がこんな風にいっぱい風景画を描いてくれてね

 我々魔術部の人間は雑務で忙しかったが作戦時の空の様子は

 しっかりと解っているよ、本当いい女だ彼女は…」


俺がジークリットを前線に預けたあたりからずっとこの作業をやってたのか

確かにいい女だな、エレーナって女は…


「そうだな」


あまり言葉が思いつかなかったがただ自然と同意の言葉だけは出てきた

そう少し沈黙の時間が流れると、目に光が入り込む…


「夜明けだ」


俺が光の方を見て呟く


暗い黒で塗りつぶされていた、地上の全てに色が生き返る

夜明けをこのような高い場所で見たのは初めてなだけに

妙な感動すら覚える


「トロイ…」


「解ってるさ」


緊張からか、決意からか言葉は自然と少なくなっていく

ここまできた、なら進むのみだ…


我々の思いを現すようこの列車のように…





そしてこの“物語”の幕が上がる



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