第十話 本心前編
ギュンター邸…私がこの家や“財産”を継いで数年が経った
あの忌まわしい事故が私のあるべき道を一つ閉ざしてしまった
その道は私にとってはとてもながらおいそれとは進むことが出来ない
“真っ当な”道だったんだろうが、事故によって進まなくて良かったという安堵と
閉ざされたという後悔がこの数年を無為に費やしてしまった
それは、周りの人間から心配の声を蔑む声に変えるには十分だった
そんな時間で人間であった私はもう少しで死ぬはずだった
そんな時、あの事故の残り香を漂わせるルドヴィングの双子が訪ねてきた
あの男を連れて…
男の名は『トロイ・リューグナー』少尉、彼はヴィージマとのクォーターで
その素行は劣悪で強盗殺人や強姦など重犯罪を繰り返すような男で
最前線へも犯罪者で構成された“懲罰部隊”としての出兵だった
最後の事件は一家を惨殺して、そこの一人娘を奴隷のように扱い
逮捕されるまでその娘は慰みものにされていたという
それまでも気分やで、殺して奪うという蛮族を体現したような男だと聞く
そんな男が送られた先は地雷原と砲弾の雨が降り注ぐ中を
突撃するという、体のいい犯罪者の処分と先端を開く切欠を作るという
無謀に近い命の浪費をする物だった
だが、そのあと正規兵が懲罰部隊のあとを進軍しようとした時だった
懲罰部隊が開けた道に待ち伏せしていたヘクサォの部隊に待ち伏せされるのであった
敵も懲罰部隊を使って砲撃の着弾地点に待ち伏せさせていたのだ
足に枷をはめ逃げられないようにしてして、銃声と砲弾のなか多くの
兵士が倒れる中一人の男が奔走したという
男は倒れた味方を助け、そのまま敵の待ち伏せ部隊の塹壕に入り
近接戦闘でほぼ無力化したそうだ
その男の名が、トロイ・リューグナーだった
彼の功績は凄まじい物だったが、元が懲罰部隊だったのと
戦闘の被害を見ても確実に見殺しにされるはずだったが
そのとき指揮を執っていた前線の将校がその獅子奮迅の活躍をみて
彼を救助したのであった
その後、トロイはやはりというべきか軍法会議で処刑という形になっていた
だが、それに対し8名の士官からの助命の嘆願が来たのと
“ある人”からの思惑もあり、プロパガンダという使い道になった
これは兵士の消耗が激しかったのと、上級将校の戦術ミスや
死んだ兵士が若かったこともあって、一番反感が出ると思われた
ブリニストの市民感情を落ち着かせるためでもあった
元犯罪者であったが彼はフルンソリア出身なのと犯罪はそっちの地域で
犯してたのもあって顔や名前は知れてなかったのと、元々懲罰部隊の兵士は
皆死刑扱いで生かして返すつもりもなかったので
今回のこの事態は異例も異例であった
辻褄あわせの結果、敵を落としたのはあくまで正規兵で
トロイも懲罰部隊ではなく、陸軍二等兵という扱いになり
その二等兵が“9人”の兵士を救出したという流れになった
この9人は例の8人とこの事件に口を挟んだ“ある人”を合わせた数だ
このたちの悪い冗談に当のトロイは素直に受け入れたという
まぁ生きてれば儲けものだからそうするだろうと思われていたが
あの事件を境に彼、トロイは全く人がかわってしまったという
本人曰く記憶喪失なのだという、後に彼は
傷痍兵扱いになって後方勤務になり、戦気高揚のプロパガンダにも協力的で
その生活も質素を好み、空いた時間は読書や勉強に費やしていたという
彼は死の淵で何か見たのだろうか?
これが今日ヨハンに都合をつけてもらい、調べてもらったトロイの情報だ
別人…ヨハンは件の人を昨日偶然にも見ることができたといい
印象は180度変わっていたという、何より自分を捕まえた男の顔を忘れるほどに…
当時憲兵隊に所属し重犯罪犯の捕獲の任に当たってたヨハンは
トロイの捕獲時にもその場に居合わせ、罵倒を吐かれ続けていたらしい
ヨハン曰く「二度と会うことはない、掃き溜めのような男」であったが
二度目があったときは流石にびっくりしたらしい
しかも以前の記憶をなくしているとはいえ、物腰が柔らかく
階級を気にする、下級士官にも珍しいタイプの人間になっていた上に
変なカマまでかけてくるのだから、その驚きは凄まじかったそうだ
そんな男が私の遠縁の者を通じてこのような“奇策”のアイデアを
持ち込んでくるんだから、世の中本当不思議な物である
一つ気になるのはそのような男が何故あんな事を言い出したのか?
復讐の為か?私がヨハンの友人だから
それとは別に双子が私の名前を出して金づるにするつもりだったのか?
どちらにしても、塞ぎ込みがちで人とあまり喋ってなかったのか
また全く接点のなさそうな人種の人物からまた魔術の言葉を聞いて
舞い上がったのも確かだ、今朝トロイと別れた時に
ヨハンがわざわざ技術省にまで出向いて私に忠告をしてくれなかったら
危うく騙される所だった
何とかしないとな…なんとか
帰宅途中の車内でそんなことを考え、色々思い起こしていると
既に家に到着していた、トロイには先に夕飯を済ませておいてくれてと
伝えて置いたから、特にせくわけでもなくゆっくり歩き玄関を開ける
入ったその先には玄関のホールで一人の男が私の帰りを待っていた
「やぁ、遅かったじゃないかギュンター卿…待ちくたびれちまったよ」
トロイ、彼が両手を上着のポケットに入れ私のほうを向く
「夕飯は先に済ませておいてくれといったはずだが?」
「いや…アンタに話があってね…」
雰囲気が今朝と違うな、私に疑いの目を向けているな
それに、この両手を隠す行為…ヨハンが言ってたな
てをポケットに入れるってのは、不遜な態度や不躾な人間のやること以外だと
ポケットの中には、凶器が入っているのだという
「奇遇だな、私も君に話があった」
そういうと、トロイは意外そうな顔をしたそして
「なら話が早いな」
そういって、私が近づくのを待っている
「その前に、一つ確認しておきたいがそのポケットの中には何が入っているんだ」
歩く前に確認を取る、誤魔化せばこの話はこれで仕舞いにするつもりだ
誤魔化すということは、この男に悪意があるということだ
そうなったら私も躊躇はしないつもりだ
「あぁ…これかあの双子から借りてきたんだ勝手にな」
そういうと小さな拳銃を取り出した、一発装填式の小型拳銃で
自衛用に婦人達に人気があるもので、彼女たちもそれを持ってたのだろう
そういって見せた後その銃を私に投げてよこす
「イグアリター(平等)か、確かに平等に殺せるのいいもんだな」
イグアリター…その銃の通称を口にしている
「…意外か?それでお前を殺すとでも思ったのかい?馬鹿馬鹿しい」
こっちの考えていることが読めてるような物言いだな
「さしずめ、アンタのお友達の入れ知恵だろうな、今朝までのアンタなら
こんなことには気がつかなかっただろうしな…」
そう私の変わりようにやっぱりなという顔をしながらトロイの方から
歩み寄ってくる、私の方に銃があるのに
「あんた、俺達の計画をあいつに話したのかい?」
あいつ?…ヨハンか…そういうことか“あの双子”の入れ知恵かなるほど
「…それも含めて、一度腹を割って話したいと思ってなギュンターさん」
「あぁ…こっちもそう思ってた所だ…」
お互いに妙な緊張を保ちながら昨日と同じように応接室に案内する
今回は酒は抜きだ、面白い男だと思ってつい気を許しすぎてしまった
「さて、トロイ少尉…」
「トロイでいいよ、そっちはギュンターでいいかな?」
…態度が変わっているな、これはどう捕らえるべきだ?
「俺がいた“世界”じゃあまり何とか卿とか少尉なんて呼んだ事ないからな」
この男…猫を被ってたということか…
「お前…記憶は失っていなかった…ということか?」
私は奴の虚つこうと一足飛びの質問をしてやった、これもヨハンからの助言だ
曰く、嘘吐きや秘密を持ってるものは、相手がわかる程度の言い回しで
段階をふまず一気に飛び込んだ質問をすると、相手は答えを窮するという
つまり、びっくりすることだ、トロイの場合だと記憶が無いのというのがそれだ
昨日まで、いやついさっきまでならこの質問は
戦場だけの記憶が無いとはぐらかせれてしまうが、情報将校と密会があったと
悟った後ならどうだ?以前の奴なら逆上するか?それとも…
「なぁーるほど、そこからの誤解を解かなきゃ駄目か、なるほどなるほど」
誤解?それはどういうことだ?
「まぁ俺のさっきの質問は置いといて、そのことについて話そう…」
そういうと、トロイは深呼吸をし静かになる
私はその神妙な顔に色々な想像をしてしまう
目をつぶり、まさか寝てるのではと思わせるほどだ
「俺は一度死んだんだ…」
その言葉から続く内容は恐ろしく馬鹿馬鹿しい物だった
一度死んで、“前世”の記憶を持ってこの世に来たという
このトロイの体で生を受けたのは、神様にサイコロを振らせた結果
死んだこの男の体で生き返りそうして、このトロイという男の人生を
乗っ取る形になったらしい
記憶が無いというのはつまり、別人だからということだそうだ
「ジョークにしては笑えないな…」
「笑わすつもりは無いからな」
私の感想に即返答する、元犯罪者の世迷言だ信じられない部分がある
だが…それが真実だったら?
「もう一つ聞いていいかい?」
私は予想外の回答に少し困惑しながらも冷静を装い更に聞いてみようと思う
「君は記憶喪失…いやトロイの体を乗っ取った時、9名の兵士を助けたそうだが
実際はどうだったんだね?本人なら覚えてるだろう?」
「すまない、そこらは記憶が曖昧で覚えてないといった方が正しいな
こっちに来た瞬間の記憶はあるんだが、次に気がついたら病院のベッドだったんだ」
…また即答か、答えを用意していたのか?
「じゃ…いや待て…トロイ…これが最後の質問だ」
あれこれ聞こうと思ったが、大前提の質問だ
「トロイ、あなたの言ったことを信じたとして、貴方の目的は一体何なんだ?」
この質問は困るだろうと思った、いやあったとしてくだらない物だともいえる
昇進や新しい人生、私自身にも落ち度はあるがこの男を信用しすぎた
その責任もとらなくてわな
「……」
ここに来てトロイは黙り込んだ、色々と頭がめぐる男だと思っていたが
ここまでが精一杯か…
「い…今から言うが…わ、笑うなよ?」
この状況でへんなことを言うやつだ
「笑わないよ」
私は心なしか感情を殺した声を出していた
私の中ではこの男は、私を出汁に使おうとしている
もしかするとこの男は私をただの空想化だと思っているのかも…
「……」
ん?今なんていった?今何かいったぞ
「なんていった?」
そういうと、トロイは顔で二度も言わせるなって顔をする
だから、今はそんな空気じゃ
「…すためだよ」
…!この男また小さな声で…!!
「すまないが大きな声で言ってくれ!」
「こっちの世界で戦火がいっぱいだから、その火で燃やしたいんだよ俺は!」
…?この男は何を言ってるんだ??
「つまり、戦争がしたいってことか?」
「そう!!」
「出世とかではなく?」
「戦局を左右できる立場ぐらいは欲しいもんだな」
「覇権を握りたいという解釈でいいのか?」
「違う、戦争だ戦火を絶やしたくないんだよ俺は」
わからない…何を言っているのか…
「…つまり、戦争がしたいということか?」
「正解とはいいがたいが、概ねその通りだな」
なんだと…?ならなんだったら正解って言うんだ!!
という声をあげそうになったのを必死にこらえたが
顔にでは出てたらしく、トロイはにやりと笑いふてぶてしく答えた
「ずっと、ずぅーっと戦争が続けさせたいんだ俺は、永遠にな」
言葉が詰まった…この男…何を考えてるんだ戦争を続けたいだと
この男は昨日私に“前線の兵士を助ける為の算段”を持ちかけてきたんだぞ
それなのに、そんなに…
「戦争だと?そんなに殺し合いがしたいのか?」
「下らないぞ?その言い方は、戦争は奪い合いだ、ありとあらゆるもののな」
「そうだ、目的が戦争そのものなら…その前提が崩されるじゃないか」
「いや、俺の場合は成立する俺には“奴”がいるからな」
“奴”…トロイはそういうとさっきのふてぶてしさが顔から消え
神妙な顔つきで語る
「お前にとって、ヨハン・ファウストがいる様に俺にも親友がいるんだ
まぁ死んだあとに大分記憶がなくなって、覚えてることといえば
さっき言った目的と、その親友の事なんだがな、俺は…俺は…
奴を見つけ出して、殺してしまわなければならんのだ」
「親友を殺すのか?」
「親友だからこそさ、前の世界では奴とはそういう命をやりあう機会がなかった
だがこの世界を奴が先に選んだんだ、そして俺にもそのチャンスが巡ってきた」
「だから…殺すのか?」
「そうだよ」
「だがその為に多くの人間が犠牲になるんだぞ」
「暖炉にくべる薪が燃えようが誰も気にしないだろう…?」
何を言っている!?
「人と薪を一緒にするな!」
つい語気を荒くしてしまった、狂人の世迷言とはいえ
明らかな悪意が鼻につく
「一緒さ、火をつけりゃ燃えるだろ?俺もお前も、お前の友人だってそうさ
暖炉の火を絶やさないように薪をくべる様に
戦争の火を絶やさないように人をくべりたいのさ、俺は」
狂った男だ、これが私の出した答えだ、この考えは常人が出した虚言というには
狂っている、常識の範囲内の答えならもう少し聞く耳を持てたかも知れんが
これはもう…!!
「そうだ、ギュンターあんたに渡したその銃だがな、銃弾は入ってる
俺の話が気に入らないなら、それで俺を撃ってもいいぞ」
!
「この話をしたのは、あんたが気に入ったからだ昨晩までの
あんたならここまで話す気にもならなかった、恥ずかしい話だからな
だが気が替わって話す事にした、目をつぶっておくから好きにしてくれ」
この男何を考えているんだ?
「でも不思議だよな、あの双子あいつら2人なのに何故か銃は一丁しかないんだ
でもこれは護身用で趣味の物じゃない、護身用なら“一人一丁”だよな
何で…“二人で一丁”なんだろうな、親戚のお兄ちゃんとしてはどう思うよ?」
この男、何でこんな話をしてくる…だが
「お前も、本心を語ったんだ私も少し昔話をしたくなった…
それから一つ訂正をしておこうトロイ、私は君を
安い詐欺師程度に思っていた、もしくはヨハンを殺す為に私を利用している
薄汚い野良犬だとだが、これからは
世紀の狂人として接する事にするよ、一度死んで、世界を燃やしに戻ってきた
なんて素面で言えたもんじゃない」
そうだ、言った後に殺しても何の問題もないのだ…
私は懐から小型拳銃を取り出しそれを握り締めながら
昔話をはじめるのだった…
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