第十六話 戦争までに前編

 ギュンターとの衝撃的な別れのあと、俺とジークリットは別の列車の中にいた


「昨日何があったか聞くつもりはない…だが二日酔いとかは大丈夫なんだろうな?」


怒られると思ってずっと俯いてただけだったらしく

昨夜の件を不問にするといった途端に明るくなる

にしても…


「ギュンターなんか性別が変わりそうな勢いでオネェ言葉になってたぞ」

「不問にふしてくれたんですよね!」


あのオネェ言葉が気になってついその事だけでも聞こうとすると今度は怒り出す

全く扱いづらい奴だな…


「それより少尉、今向ってるのって…」


「そうだブリニストより更に前線に位置する『クルムタン前進基地』に向ってる」


クルムタン…アルプトラオムの森の向こう側にあるそこを越えた先にある基地だ

今は列車だが次の駅からは馬車あるいは車になる

理由は言うまでも無くその先に線路が無いからだ

以前までは…少なくとも俺が後方に運ばれるまではそこには線路があったんだがな

今回は駅からは自動車を使う、今まではシティ向きの貧弱な車両で

山道を通っていたが、今回は山道仕様というのに乗れるらしい

森のなかで整備された複数の細道をランダムで通り森を抜けた先が

クルムタン基地である…そしてその先へさらに進むとヘクサォに入り込み

相手の航空基地に対する牽制の為の前線基地がある

前線基地といっても塹壕やその中で作った掘っ立て小屋だ

相手の航空機のおかげで輸送路は無くなり細い道をなん往復もして

物資を運んでいる状態だ、その内戦線は瓦解するだろうな…

そんなことを考えているとクルムタン前進基地に到着した

俺とジークリットは同乗した際に詰まれた荷物を出すのを迎えに来た兵士と一緒に

手伝うことにした、大きく長い箱と衣装ケース、この二つだ

長い箱の方は重量物で2人がかりで運んでいった

衣装ケースに関しては俺が…あれ?


「ジークリット…君、何も持ってないじゃないか」


何も手伝わないジークリットについ突っ込んでします


「だってみんな慌しいんですもの…あっと言うまに…そのケースだって

 少尉一人で持ってるし…」


あー生活習慣の違いか、軍隊って目茶目茶しゃきしゃき動くからな

ジークリットってのんびりしてる所あるから仕方ないっていやぁ仕方ないか

そうなってくるとここは俺の秘策がものを言ってくるわけだな


「ジークリット君、君に重大なお話がある」


「なんです?それはそうと一つだけ先に言わせて下さい、何で今日に限って

 こんな女物の服を着せてくるんですか?少尉がどうしてもってって言うから

 着ましたけど…こんなの絶対おかしいですよ」


「おかしいことなんて一つも無いぞ!」


ジークリットの不満に対し一喝する


「少尉なんですか…そんな大きな声出して…」


「ジークリット…君の要望を満たす為には一つ君に捨ててもらわなければならん

 ものがある!それは男という事だ!」


「えぇー!何でですか!!」


まぁ当然の反応だわな、だが言わなければならない


「正直、お前を男だと説明するのが不可能に近いものだと俺は思った」


「そんな事言わず努力して下さい!!」


「ならチンコ見せろ!!」


結局そうなるわけだ、もう体のどこを見ても男に見えないし

正直服着てたら胸が小さい人で通りそうだし

間接的だが双子がジークリットの上半身の裸を見たそうだが

判断に苦しむ体型だったそうだし、もうチンチンしかないわけだ


「…少尉って結局ボクの体が目的だったんですかぁ?」


この下らない思考回路が既に女の子だとトロイは思いマース!


「お前は貴族の女子で姓に関しては家と自分は関係ないという理由で伏せて

 名前だけ名乗る名前は勿論ジークリットだ、そのジークリット嬢は今回の

 戦列歩兵作戦の発起人としてこの前線基地へ上層部の思惑とは別に

 俺を従えてやってきたという筋書きだ、くれぐれもヴォルフガングなんて

 名乗るんじゃないよ解った?『ジークリット嬢』?」


なんか難しそうな顔をしているな、体は全力で男を否定した造詣なのに

心はしっかり男のつもだから悩んでいるのかも知れんな…


「少尉を従え…いいですねボクが少尉に何でも命令できるって事ですよね?

 じゃ…じゃあ…何でも言うこときってくれるならいいですよ…?

 ボ…クの言うこと何でも聞いてくれるならその案に乗ります!!」


何を考えているんだこいつ…


「いいよ、ただし俺が言うことを聞くのはあくまでこの基地にいる間だけだからな」


「それで十分です!!ふー!!」


鼻息荒くなってるじゃないかジークリット、なんか知らないうちに

こいつ、クレマンや双子に影響受けてるんじゃないか?

最初はここまでアレな性格じゃなかったのに…朱に交わって赤くなるという奴か

まぁ兎にも角にも了承させたわけだ、これで一歩前進だな


「では行くわよ、トロイ少尉ついてらっしゃい」


唐突なお嬢様言葉、まぁ板についてること…




基地指令に挨拶を終え、俺達は兵士たちが生活している詰め所まで来た

ここからが本番だ、なんせどこからどう見ても頭がおかしいと思われてる

現代戦闘で戦列歩兵戦術を採用させようというんだからな

普通ならありえないだろうが、兵器の近代化は小火器にも及んでいる

この“長物”と魔術で戦況をひっくり返すことも出来るとふんでいるのだが

まぁ戦争なんて現場で何ぼだからな、今頭ん中で考えても無駄だわな…


「ジークリット君、いいなここからが本番だぞ」


「少尉何度言わせるんです、私のことはお嬢様って呼んでください」


こいつ!…調子に乗りやがって…まぁ我慢だここにいる間だけのな…


「…じゃ、じゃあお嬢様ここからが本番ですぞわかっておりますな」


「よろしくてよ爺、では参りましょう」


アホくさ…まぁそれはまぁさておいといてもだ

こんなくだらないことしてるもんだから人が集まってきたな

まぁここらには“女”なんてめったにこないし列車が生きてたころは

何でもローテーションで人員まわしてたものだが娼館がある地域まで

戻るのも一苦労だろうし、ここまでデリバリーに来てくれる奴なんているはずもなく

何されるかわかったモンじゃなしな、そういう関係でここは“女”にとっちゃ

危ない所なのはまぁ…確かだな


「片足!片足じゃないか!!」


野次馬兵士の中からひときわ大きな声が聞こえる

聞き覚えのある声だ、そう俺が後方に一緒に連れてかれた時

隣のベッドにいて随分と話し込んだっけか確か名前は…


「アーネスト…アーネスト・グリアムス!」


片足!と叫ぶその声に名前で応えてやると野次馬の後方より頭一つ突き抜けてデカイ

褐色の大男が我々の前にやってきた、トロイの体だって結構デカイ方だが

それでも少し見上げてしまう


「やっぱり片足だったか久しぶりだな!随分小奇麗になっちまって

 後方に行ってやっぱアレか?そんな似合わねぇ衣装着せられてお人形さんだな!」


そうひっきりなしにまくし立てると背中をバンバン叩いてくる

この男はこうなのだ、というのもこの男は唯一俺が何やったか目撃して

病院で教えてくれた人間なので恩があるといって気さくに接してくれるらしい

当の俺はその後の上層部の思惑の所為で助けた9人の一人だと勘違いしていたが

今はもう少しわかった状態で接することが出来るわけだが…まぁ

どっちにしてもそんな変わらないか


「言ってくれるじゃないか!軍曹!こう見えても俺は少尉なんだぜぇ!

 敬礼はどうしたんだっツーの」


駆る口を叩く、まぁ正直当時は俺が下級だったのとこのアーネストが

現場主義だからこそ言えるネタだ、昇級に関してはこの男も知ってるわけだし

お互いわざとってのはよくわかってるわけだ


「ははは…そういや忘れてたな少尉殿今回はどのようなご用件で?」


「大まかな話はあの爺さんから聞いてると思うが…」


「あぁそうだそうだ!あの爺さん現役で復帰したんだってなこっち来てて驚いたぜ

 あと、少尉が来てないことにも腹立ててましたよ」


あーさっき上に挨拶行った時、いきなり殴られた理由はそれだったか…

あの爺さんはいつもそうだから気にしてなかったが、全く…


「その件はもう知ってるさっき殴られてきた所だからな」


そう答えるとアーネストは大きな声で笑う、全く明るい男だな

この男のおかげでこの基地の人間がまだ正気を保ってられるんだろうな


「ちょっと、笑いすぎでなくて!?」


このやり取りに突っかかる者が一人ジークリットだ

役にはなりきって女言葉を喋ってるが、どうにも俺を笑ってるのが気に入らない

そういった態度だな、あとは置いてきぼりにされたのが気に入らないのか…


「この“お嬢さん”は誰なんだ片足?お前の女か?」


アーネストはそう俺に訊ねる、その言葉に違うよとだけ答えるが

ジークリットの様子がおかしい、やたら赤くなってる様にも見える

…お前、男なんだよ?ジークリット君?ヴォルフガング君?


「そのように見えるな、別にそのように見ても構いませんが!」


ジークリットォ!!


「いやいやいやいやいやいや!違う違う!この人は然る貴族ご令嬢でな

 例の計画の発案者だ」


この言葉を発した途端あたりの空気が一気に下がった

例の計画地上部隊への囮作戦の通達だ

唯でさえ今回は“貴族”肝いりと来て殺気立ってるのにその対象しかも女と来てる

殺意がにじみ出ても仕方がないだろう


「改めてジークリットです、よろしく」


肝が据わってるのか、この場で貴族の社交場でやるような挨拶をする

…肝が据わってるという言うより、この空気で察したんだなここからが

本当の勝負どころって言うのを…ジークリットの顔からふやけた様子が消え

その目には強い何かが感じられる、いつもとは違う雰囲気だ

普通の女装だったら雰囲気が変わった時点で男だってばれそうなもんだが

ジークリットの場合これがまた意志の強い女だと思わせるものを持っている


「あんた、どこのどこの家の者だよこんな馬鹿なこと…もう貴族時代なんて

 とっくに終わってんだぞ!」


一人の兵士が声をあげる、そう貴族の時代は当の昔にほぼ終わっている

今生き残ってる貴族も式典に呼ばれたり過去の資産の関係で優遇されてるだけで

既に貴族階級なんてものはない、貴族は金持ちの別の呼び名と変わらないのだ


「えぇ、ですからそのような要らないものは捨てて参りました、ですから

 ただの“ジークリット”ですわ」


さっきの女になるのを嫌がってたのを見てると良くできるもんだなぁと思う

ジークリットの言葉をきっかけに色々口々に兵士たちが文句を言ってくる

戦列歩兵のことだったり、貴族に対する私怨だったり、殺気立った怒りが凄まじい

これが現実なのだ、奴の企画草案の中には兵士を人間としてみてなかった感があり

机上の空論より酷いものだった、ああいうやり方を父に教わったかそういう生まれで

考えてしまったか知らないが、人を死地にやろうって人間が目の前に現れたら

こうもなろう、兵士も貴族も所詮は人間なのだ…

その矢継ぎ早の問いに対し、ジークリットが何か答えようとしたときだ

アーネストが尻の方に手をやった、恐らくベルトに挟んでたんだろう

そこから拳銃を取り出し、ジークリット向って何発も銃弾を打ち込んだ

その乾いた銃声は皆の怒声を止ませ、あたりは静かになった

その光景に誰も何も言えなくなったのだ…この俺も含めて…

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