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ドラキュラネタ草案

草案1 架空の欧州宗教物 時代は19世紀、今だ欧州には単一の宗教理念が存在せず 大型の宗教 ・ジェダ教(ユダヤ教) ・カリスト教(キリスト教) ・エスラマ教(イスラム教) が熱心に改宗を強制させる為軍を征伐させていた 未だ欧州は燃えている設定 特にこのような状態なの西暦は存在しているが共通認識ではない 12月25日にはモミの木を飾ったりはしていない なんかあれば追加して記入したいが今はこんな所 そんな世界観での物語 主人公は現実でもキリスト教から悪魔の子ドラキュラといわれて その風聞を利用しトルコ軍とも戦い国を守ったワラキアの王 串刺し卿、ブラド・ツェペシ この世界観ではブラムストーカーのドラキュラの設定を混ぜる かつての戦争で信じてた神に裏切られ、戦にも敗れ自らが串刺しにされた ブラドはその後息を吹き返す 神が死にその中に別の何かが生まれ ただの怒りでは納まらなくなった男は この大陸を蚕食している巨大な神を名乗る集団との戦いを決意する 19世紀では信仰を寄せる為に他教を貶めるだけではなく 自らも悪魔を創りそれを野に放ち後に教会公認のエクソシストに悪魔狩りをさせている その中で各教会とは別に単独で悪魔狩りをしている男がいた その名はヴァン・ヘルシング教授 アメリカミスカトニック民俗学、考古学、神秘学に精通した教授 だがその正体は何世紀も歳を取らず戦うことを誓ったワラキアの王 ブラド・ツェペシだった ヴァンヘルシングとドラキュラを同一人物設定にし 尚且つインディ・ジョーンズのような素性設定を加えた感じ ミスカトニックと言うことからもクトゥルフ神話も込みで この作品の弱点は世界を敵に回しすぎる内容なので相手に寛容さが無いと製作者が死ぬ

メタルギアこうしてみたいという話

最近といっても前の話ですが小島氏がコナミから追い出されて 自社を設立、コナミは残ったメタルギアの版権でゾンビゲームをつくり 反感を買ってるという始末 いやね、ナンバリングタイトルばかりは辛いだろうし ある意味リブートの機会を考えれば辛い事件とはいえ 小島氏からメタルギアの版権が遠のくのは前向きに考えればチャンスなのかも知れない 実際、小島氏は自分が死んでもメタルは作っていって欲しい言っていたが その更新育成のチャンスをMGRの時に潰し、他社に任せるという形を取っている これでは育つ物もそだたんだろうと思う それで、その後小島印のメタルギアは4で終結したお話に後付けを加えて 円く治める尽力しているだけまぁ、ファンしかついてこれていないわな 「3と4は同じソリッドスネークなんですか?」とか そういう質問が飛んでるのを見ると 説明不足と見るか(あれだけ台詞が合って)プレイヤーの勉強不足か まぁこれは個人の主観になるわけだが ここでの名称として『スネーク問題』と呼びますが 全て同じ顔の男が主人公なのに時代が違うというね それは初見さん混乱するわな このスネークさん最初MSXの時ですが確かプレイヤーの分身として作ったって 小島氏がインタビューで答えていたのを記憶しています ここまで際立って独立したキャラではなかったはずです ですが、PSになって事件が起きてしまうわけですよ スネークがスネークになっちゃうというね 一つ目がキャラクターの新川氏が描いた超クールで格好いいスネークそして そのデザインにマッチした超渋い声の大塚氏 この二つの要素加わりスネークはよりキャラクター化していきます そして2ではPS2になりキャラクター描画が細かくなりソリッドスネークは より実在感を得ます ですがここで根っからのゲームクリエイターの小島氏 キャラクターとして成立してしまったスネークは最初ちょっとだけ操作出来て あとは2からの主人公雷電を登場させますが これがちょっと上手くいきませんでした 私だって思いましたもの、スネークじゃねーのかよ!って 理屈としてはスネークは伝説の傭兵なのに一々同じ説明を聞くのもおかしいし プレイアブルキャラとしては立ちすぎたと思ったのでしょうが 話の設定がシャドーモセスの焼き直しで やってるこ

ありがとう浜村淳ですという存在。

浜村淳というねネタバレの人の動画の再生時間を見てると映画の話だけの動画で50分ぐらいあるわけですよ。 タイトルは【】あらすじ(浜村淳・映画サロン) この【】のところには映画のタイトルが 入るわけですがここで見たことのある映画の 動画を見てみたわけですよ タイトルはクーデター(2015)です 本編1時間43分 映画サロン54分 うん、すっげーなこれ映画公開中ですよ。 これを何と最後の最後まで喋るんですね 残り5分前までたっぷりと いやぁ、話には聞いてましたが これは凄いですよ! 見た作品を聞いてみるといいですが 寸分の狂いなく喋るから手に負えないよ この人。

大人目線と言うか重箱の隅をえぐる話なんですが

大人目線と言うか重箱の隅をえぐる話なんですが クレヨンしんちゃんモーレツ大人帝国の逆襲と言う映画がございまして 多くのファンから支持を集めクレしん映画最高傑作と呼び名が高いのですが この映画私の好きで何度も見てるうちに気にしなくてもいいことに気が付いてしまったのです 別にこれが悪いというわけではないのですがこの映画 大人は20世紀に帰りたくて過去の幻影に囚われたようなイメージなんですが その20世紀と言うのが高度経済成長期の日本の感じで 万博があって男の子はチャンバラ女の子は変身バトンと言う 実に解りやすい昭和イメージでして、むしろわかり易くする為に この様に描いたんだというのは解るんですが そうなると、しんちゃんという完全な子供組とひろしなどの大人組みは ちゃんと色分けできるわけですが、問題は等身が高い若者 特に中高生、作中で言えば埼玉紅さそり隊とか完全に 世代的にアウエーなわけですよ、完全な子供過去がわからない そしてこの若者世代って過去なんて見てないんですよ しかも用意されてるのって自分が暮らしてた過去より更に過去という 懐かしがるかね?という疑問がですね何度も見てるうちにむくむくと出てきちゃうの しかも劇中ではこの存在は雑に大人組みに入れ込まれてるわけ 21世に10代とか子供時代のいい思い出って完全に 1990年代位だろだとしたらやはりあの古い時代背景はアウエーすぎるだろ チャ子はあれだ主要キャラだからまぁ彼氏の影響だとしても その他の若者はあれどうなの?おかしくないかとと思ってしまう …とまぁ、こんなこと書いたのもこの作品に対して 馬鹿みたいにべた褒めでしかもただ褒めるんじゃなくて 物凄く賢く褒めて素晴しい素晴しいばかり言ってるのを聞くとね お前ら嫌いな映画はあれだけ重箱の隅突くくせに この作品ではそういうことしねーなぁとついつい長文で書くたくなるわけですよ youtubeでBSアニメ夜話とか見てたり、他の作品貶めてこの作品褒めてる人を 見てるとたまにそう思う ただ、本当誰もこの疑問を考えないか無視してるので それもこの大人帝国の作品としての力がそうさせているのかもしれないなぁ

食堂かたつむりを見たよーと言う話

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と言うことで見たんですが、これがなかなか 俺はゲテモノ見たさで借りてきたというのに酷い話 そんなに悪くなかった。と言うことで今回はただのレビューではなく この映画の酷評点を見ていきこういう見方も出来るのではないか? と言うものを提示していきたい。 まず見てほしいのがロジック的に評価と酷評をしているこの二つ これを見て解るがレビューのテンションが全然違うニャー!! では無くどちらも小説、映画両方見てるのにこの差があるということ と言うことでこの映画この手のものが嫌いな人向けの見方で まずいっておきたいのが 「原作小説は読むな!」 この一言に限る、なぜかといえば確かに批評をするなら必要だろ? と思うかもしれないが、これが危険で なんとなくのニュアンスが皆無の小説では作者の思考が 読者の心にダイレクトアタックするわけで とりわけ何も言わないでただそのその絵面だけ見せて後は考えろ というスタンスの映画の評価にも大きく左右されるわけで これを見て好きならもっと好きになり嫌いならもっと嫌いになるという なので、この間は、とか考えたいなら見ないほうが心にいいと思う では映画本編の話に移るが まず最初これがいただけなかったというのが 倫子の生い立ちから現在に至るまでの話をミュ-ジカル調のアニメで を混ぜた物でやるわけだが、ここで一つ 倫子は本編ほとんど喋らないというか喋れない設定なので このミュージカルの流れ子供時代、上京、祖母と同棲、祖母と死別 調理修行時代、インド人との同棲、そして裏切りと言う流れなんだけど 祖母との死別はインド人の裏切りのあとに入れたほうが ショックは大きかったと思うし話的のも成り立ったと思う 次に食堂かたつむり建設に向けてだけどこれあまり酷評側には あまりかかれてなかったけど結構時間はたってて その間過去とのフラッシュバック、山にある材料探しに夢中になる描写 などから失意からの回復と調理への意欲向上が伺える なので結構急でもなく、何故出来たのかに関しても 納得いくいかないは別にしてもまぁいいんじゃない? おかんの罪滅ぼしと考えてと思う さて次の食堂かたつむりのメニューと運営方

不思議なお話

1960年代といえばアフリカが独立して行った年であり 私の認識であればこの世で戦時下に戦争目的で使われたであろう 核攻撃が使われた年代でもある ただ世間一般の表記では核実験で攻撃ではないのですが これを自国ですれば問題ないがあくまでそれは核を持つ待たないの 問題でこのフランスの核「青いトビネズミ」は独立戦争真っ只中の アルジェリアでしかも戦時中に使われたということ もし原爆を話題に出すなら、これが過去の戦争しがらみの問題ではなく 教訓を踏まえてこれから核兵器をなくすという事を話し合うなら このフランスの核実験と証した 核攻撃もしっかり論議に入れて言って欲しい あとフランスがそこにに至った経緯を知ると もう一回この国は燃やされても文句は言えないな。

日本映画って怖いよねっていう話

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なんていうかその題名は避けたいんですがあの食堂? かたつむり的、小川糸原作的な例のあれなんですが 最初はつまんなそうだなぁって思ってたんですよまぁその くだらない良くある物だと思ってたんですけど、この作品見て 正確にはレビューとかですが抜粋した文を読んだり 何があったかを読んだり予告を見たりして思ったんですが こんなサイコホラーが当たり前のようにみんな読んでるって 言うんだったらこの国相当やんでるよな 外国のヤングアダルトみたいなのを嫌う傾向にありますが それは若者の活躍が青臭くてむず痒いという理由で 映画の出来云々じゃなかったりします、が この映画はどうなんでしょう エンディングでどうやら主人公が経営しているお店に 鳩がぶつかって死亡 そしてその鳩を主人公が調理し自分で食べて 「おいしい」って言って終わりだそうです 結構怖い終わり方、私は見てませんから! 多くはいえませんが興味を持った人は見てみたらいいかと 私がここで言いたいのは映画のコントラストの問題ですね 作品がライトであれば徹底的にライトで描き 少々ダークサイドに映されそうな物でもライトに書くから 狂気をかもし出しそしてそれに誰も気が付かない お母さんが主人公を生んだ方法が水鉄砲を使った処女懐胎 父親を誰かごまかす方法だと思いたいがこれが真実らしい これって男が見てもえ?って思うし女性から見たらどう思うんだろう ちなみに監督も原作も女性の方がされています 小説は王様のブランチにも紹介されたとか と見てないのに文句を言いたくなったこの 食堂カタツムリ!見てはどうだろうか? むしろ見てみて欲しいどうにも否定的な意見しか耳にしない 肯定的な意見も特に考えなくいい話でしたぐらいしかなく 深く考えたらポリティカルコレクトネスに引っかかる所だろ! と突っ込みつつ飲み込みつらい作品を見つけてしまったことに なんだかわくわくしながらこの辺で

日韓問題を見てて思ったこと

という小学生レベルの作文題でのスタートですが 昨今日韓の問題を多く見る機会があり主にTVですが 実際は韓国より怖いロシアの方を多くやって欲しいのに どういうわけかあまりやってくれない ロシアが中国同様に特権階級と資本主義の成金によって 国内の状態が荒れているんでしたらいいんですが ロシアって石油の権利は握ってるは、領土は奪いに来るは 中国の民族浄化と比べると民より国が凄く強いわけですよ 確かに中国も民間レベルでアフリカに国民を送り込んで 中国人の人数を増やそうとしていますね まぁ昔はチベットの僧侶の殺害やウィグルに対する民族浄化が 激しかったですが、ちなみにウィグルは自治区じゃないですから そう表記されててもそれは勝手に中国が侵略した結果ですから そこの認識ははっきり明記しておかなくてはね そうそう今回は韓国です、このお隣の国朝鮮戦争のあと 二つに分かれてしまい今では北朝鮮と韓国という二つの国になり 日本に色々と謝罪を求めているそうですが 特にドイツを見習って謝罪をしろといってきますが でもあなた方はドイツを見習って南北統一に向けて動かないんだろう? とまぁ色々気になる点をもある不思議な国です まぁ外交的には既に謝罪はすんでいるはずなのに今でも 謝罪、謝罪といい続ける理由ってなんなんでしょうね 浅学な自分が思うに歴史認識だけが韓国の外交カードなんでしょうね それ以外特に見つけられないので、歴史認識なんて実は どっちでもいいのかもしれません 本当に歴史認識を重んじるなら、韓国もベトナム戦争で慰安婦と言うか レイプもして混血児も沢山作って、殺しまくっていますが それを一切外には出しません アメリカはリベラル層があるからベトナム戦争は映画化されました それはもう色々とでも韓国は日本より映画は優れていて いい役者も多いのに国の過ちに関してはまだ 映画を作らせてはくれません 第二次大戦の罪は問うのにそれより新しいこのライダイハン問題は 賠償も戦争犯罪認識も曖昧のままだそうで これも韓国が嫌われてしまう一因です でも安心してください、ロシアことソ連もカチンの森の一件も 戦争終結のためナチスのせいにして、ドイツを占領したあと ドイツから処女を根絶しましたしね、露助はマジ怖い この日韓及び日中の一番の

物凄く浅い社会のお話

物凄く浅いので今の方なら鼻で笑い飛ばす簡単なお話です と言うのは「道徳と政治と法律のTPO」という話 まぁ人間暇であれば何でも考えてしまうわけで こうやって考えを文字に書き起こしておけば 記憶から記録になって自分の考えの足しにもなるだろうと まぁそういうわけでございます 社会、政治討論番組を見ていて思った非常に浅い話 凄い予防線張ってはいるけど気にはしないで アメリカとイギリスで選挙、まぁアメリカは途中ですが アメリカの大統領選挙候補に対し 元知事はどんなことを言おうが政策が大事 対しタレントさんは差別発言は許せない! 一方イギリスの市長選挙で市長に当選したムスリムの人に対し 元知事は市民が人種偏見に惑わされず政策を見てた素晴しい 対しタレントさんは私も激しく同意! とこういう流れになりました これから見て取れることは色々ありますが 人間何かしら問題はありますが 結局の所好き嫌いが何より優先してしまいがちになるわけですね 今回はの例では政治の話に道徳を持ち出し 政策がよく見れてない例です。 アメリカの場合 政策の是非ではなく、発言と人格に対し嫌悪感を出し嫌い 政策が蔑ろにされているパターンですね タレントさんを悪く言うつもりはないですが 上品な言葉使いで上品に振舞って二枚舌を使う政治家は多いので あまり選挙のときは選ぶ判断基準にはならないのではないかな? と思ったり、でもでもこの人には主体的なものも無く 風見鶏で浅学な物の見方だなぁと思ってたら 元知事はこの暴論はある意味日本が触れれずにいた問題に 考えるチャンスを投げてきてくれたんだから これは日本にとってはアメリカと対等になれるいいチャンスだ! と力説しなるほどと思いました。 物の見方一つで一人の人間の見方がこうも 変わるものだと思わされました これも政治に関わってた者と一般市民の視点の違いで どちらも間違ったことを言ってはいないんですね ただ広義における道徳は政治にとっては命取りになりかねない と言うことを念頭に入れているかいないかの差だと思います 無原則に難民と言う違法移民とも判断がつかない人たちを 受け入れて彼らによって治安が悪くなり国民が苦しむという 最近の欧州がやっているのを見ていても 道徳優先か?と首を傾

ちょっと政治の深く突っ込まない話で恐縮なんですが

ちょっと不思議に思ったので 政治の話って基本政治と経済、社会情勢に歴史と 色々知ってて指摘しあう形でなければならないのに 教育の場でどうしても歴史面を蔑ろにして 経済面ではマスコミによる印象操作でツイツイ解りやすい方に耳を傾け 社会情勢は基本センセーショナルな事件以外はシャットアウト 政治もどういうわけか功績より失態が大きく取り扱われる始末 そうなってくると、政治家にとっての武器が印象、イメージですよね そしてそのイメージコントロールをしなければならないはずの 政治家も勉強不足のせいか印象論だけで勝負に出てしまい ついつい安保法案を戦争法案と言い換え 正面向っての討論も勉強不足と不都合のせいで出来ず 質問も言い返されるのを恐れてのらりくらりとした物にするせいで 勉強不足というレッテルを貼られてしまう始末 その癖自尊心だけは強くどうしても負かせたい一心で頼るのが 印象操作、しかも前提が学校教育のみとした対象で 現在における情報過多の社会では集団心理があるところではいざ知らず 個人が主となっている現日本でそんな政策が通用するのか?と 本気で正気を疑ってるレベルだったりします 政治政党に置ける目的がどうも政党の利権が第一になっていて 役割分担ができてない気がしてなりません しかも最近ではそのマスコミですら印象操作をしようしたら それを逆手に取られてネットにその一部始終を載せられている始末 かつてどこかの政党がゲバラに習って云々といって新党発足しましたが 今どうなってるのかは知りません んで何が言いたいかといえばこれからの若い人たちは 我々の世代以上に勉強しないといけないという大変さと 我々の時代にあった「どうして勉強しなければいけないの?」と言う 問いに対し明確に答えることが出来るという明快さがあるというのは いいことなのか悪いことのなのか無学者ゆえわかりませぬ。

ミリタリーを考える

この題だと戦車や銃の話と思われそうだけど 私がやはりニヤニヤするのはズバリ 『 兵站』でしょう 兵站っていうのはいわば 兵隊さんの武器や服、道具にご飯と 一式を揃えて、戦術、作戦の立案時に 必要な要素なんですよ 兵站の詳しい話はネットで調べて頂戴よ ということで 私がこの兵站がなんで好きかといえば 銀英伝で用兵というものをしり 戦争をするにおいて前線の兵士から 彼らの上司の視点が面白いんですよ ただ、下っ端からしたらたまんないんだけどねw 地図を広げてこことここに兵を置いて ここに…っといった具合にこう考えると なんか楽しくなってきますわぁー 戦争漫画って考えれば考えるほど 派手なアクションより戦争を行う前の 準備を重点に置いていかないと 戦争の大事な所が見えないなぁとか 戦争映画でもいいんですが よくよく見てると、最近は小隊が 作戦を行ってる物が多く 小規模戦闘が主立ってて非常に 悲しいのですよ 何故拠点を作るところから始めないの? なんて考えてしまいます だって大きなことするのが戦争映画なのにスピルバーグの絵面を真似て結果 暴力描写は過激になったけど なんか、作戦を遂行してるって気になれない やはり戦争は戦列歩兵が輝いていた頃が ピークなのかなぁ?

プリデスティネーションを観賞しました

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人に薦められ観賞した本作 予告編で一度見てタイムワープ表現が格好良く それで覚えていましたが、忘れていました そして満を持してみた感想は、面白かった ネタばれを全開で言えば全部俺状態いや私か タイムパラドックス物で全てが自分と言うもの よくタイムパラドックスで同じ人間が同時間に 存在したら、なんて聞きますが 性別が変わった時点で存在が変わるんでしょう まず私自身はこの話は飲み込みやすくわかりやすかったです 理由としては同じネタのゲームをしたことがあり 奇しくもそれでこの手の展開に慣れてた為ですね その作品では旦那は別にいて 愛した人も別にいましたが そのゲームの作者はSFに非常に傾倒していたので 絶対このプリデスティネーションが元ネタだとお思います 話を本作に戻すとこのパラドックス物は始まりが 存在せず、終わりも存在しない点でしょう つまりジェーンにしてもジョンにしても 時間と空間の特異点になってしまい 彼は完全な外の人間になってしまいます その歪んだ輪廻を断つためには 正しく愛するしかなかったのですが それが出来なかった。 と言うのは自分ではなく 最後の骨董品店の女性アリスのことですね 彼女の事を許す事が出来ず(ご飯が不味いとか) その結果、人との接触を無くし 彼は不完全な爆弾魔になってします まぁ時間跳躍機のエラーがあったからと 見た直後には考えましたが あれはあくまで選択肢の一つでアリスも選択肢で ジョンはその岐路に立たされたわけですね 未来を生きることも出来たけど 一番愛した人に会いたい一心で未来を捨てる 選択をしてしまいます 恐らくそれは彼が既に完成された輪廻の蛇に なってしまった為です 恐ろしい程の自己愛が性別を変えた事により 残酷な運命にジェーンを駆り立てていきます 主人公を軸に話すとここで終わりなのですが ちょっと見方を変えて何故このような自体なったのか? そもそも何故ジェーンがこんな悲劇に見舞われなければ ならなかったのかそれを考察していきたいと思います メタ的に一発ネタにそこまで考えんなよとか やぼなことは抜きにしてそれ

企画草案その一「彼女の為の復讐作戦」

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内容は彼女に酷いふられ方をした男が 相手を包丁で刺し殺そうとするところに が現れる主人公兼狂言回し的立場の三日月光助は 彼の凶刃を素手で握り…潰す 彼女を追い払い、男を喫茶店に連れて行く そこで三日月は男から彼女に受けた仕打ちを聞き流し 男に問いただす 「復讐したいなら力を貸すぜ」と 男はその申し出に快諾し三日月に付いていく 三日月は男をあるマンションの一室に連れて行く そこには「殺人研究クラブ」と書かれている 男は三日月に尋ねる 「殺人って書いてますよこの扉…」 三日月は答える 「そうだよ、お前が今から殺人事件を犯すためにその筋のプロの  助言を受けるんだ、復讐したいんだろ?」 男は驚く このような導入から始まりその一室にいるのは以下のメンバー 密室トリックの雅 アリバイトリックの健 時間トリックの文三 死体隠蔽トリックの恵子 叙述トリックのジェイソン つまり推理マニアであり三日月は その中の一人道具消失トリックの光の字であった ここからの流れは各々の好きなトリックを使って 彼女を殺す算段が始まるが その現実を考慮してない荒唐無稽な作戦に男は辟易する 内容も ・五人の死体を六人にするぞとか ・クローズドサークルにおびき寄せてとか ・電車を使ってアリバイを作る ・怪人に変装する ・見立て殺人はいる ・などなど 目も当てられないことを話し出すところか 現実に出来るかどうかをボルボのダミー人形を使い実験 費用は男持ちという残酷な事態に 結局殺人は実行されず男は彼女を吹っ切って家路に着くという流れ コメディーです劇中に男が湯水の如く自分の金を使われていくさまを見て もっと簡単にお金がかからずに出来ないのかと聞くと 愛するのにお金をかけたくせに憎しむ金を出し惜しむな! とそれっぽい事をいってごまかすシーンがあるんですが どっちも相手を思うんだからおろそかにするのはおかしいだろう と思い考えたネタです。 どうも破局をしたら相手に復讐するにしても金をかけないのか? プレハブにおびき寄せてクレーン車用意